こんにちは。
本当は11日の月曜日が四十九日だったのですが仕事だったので10日の日曜日に風花のお骨と一緒に霊園に行って風花の四十九日法要をして頂きました。

Sさんやぷうちゃんママが一緒に行って下さいました。(ぷうちゃんの先代犬のとらちゃんが丁度この日に5周忌でしたので一緒に法要して頂きました。)

最初に事務所に寄りお願いしていた風花の石碑(SさんとSさんのお嬢さんが風花の為に作って下さいました。)を受け取りました。
まだ若い頃の風花で、ちょっと勝気そうなお顔をしていますが、とても可愛く出来ていて有難く嬉しかったです。
見て下さいね。(^v^)
風花-肖像画

その後の法要の様子です。
この日は法要に訪れた方が多くて風花やとらちゃんも含めて5組の方達と合同で法要をして頂きました。
四十九日法要

風花、無事にお空に帰れたかな?(この日は写真を撮り忘れたので12日の火曜日の写真ですが、当日もこの空のように秋の晴れた空でした。)
0912-空

四十九日に会わせて友人がとても綺麗なブリザードフラワーを風花に贈ってくれました。
そして、なんと11日の風花の四十九日に合わせて風花の病院の院長先生と看護主任さん(風花の最後を看取ってくださったお二人です。)から綺麗なお花が届きました。
お花-院長先生&主任さん

主任さんからは風花のお誕生日にも、ご丁寧なカードを頂きましたし、その時に「病院の方針としてお花を送る、やカードを送る、等はしない。」ってお聞きしていたので、とても驚くと同時に、すごく嬉しかったです。(カードを私に送るだけでも院長先生に「出しても良いか?」って聞いておられたぐらいですから。←院長先生から「出してあげて」って快諾して頂いたようです。)

カードには「風花の笑顔を忘れない」って主旨のメッセージが書かれていました。

病院からお花を頂けるなんて思ってもいなかったので有難くてすぐに電話でお礼を言いました。(院長先生は診察中だったので主任さんとお話ししました。)
その時に主任さんが風花が亡くなったあと、ご挨拶に伺った時にお菓子と一緒にお渡しした風花の写真を、ご自分のロッカーに貼ってくださっていて「毎日、風花ちゃんに会っていますよ。風ちゃんの事は忘れません。」って言って頂いて、またまた涙が止まりませんでした。
毎日沢山の患者さんを診ておられるなか、風花の事を「忘れない」で頂けて嬉しく有難かったです。

最近、風花がまだ若犬(2歳前後)の頃の日記を懐かしく読み返しています。
日記の中の風花は私に叱られながらも毎日お友達ワンコと楽しく遊びお友達ワンコのママさんやパパさんに可愛がって頂き、家に帰れば色々悪戯しつつ、生き生きと毎日をパワフルに楽しんでいました。

その時の写真を見てやって下さいね。「お転婆風花」「爆裂風花」「台風花(たいふうか)」等と呼ばれていた頃の風花です。
まず1枚目はちょっと吹き替えを入れて遊んでみました。(当時です。)←風花、まだ9ヶ月半の頃です。
02-0605(風花9ヶ月半)

次は風花1歳7ヶ月半のやんちゃ盛りの写真です。
ちなみに風花にべろべろ舐められて、ちょっと迷惑顔してるワンコが風花が最後に会ったワンコママさんの家のワンコで「ちびちゃん」です。(^v^)
03-0401(風花、1歳7ヶ月半)

もう1枚。桜の下での集合写真。(いつもはもっと沢山居るのですが(小さい子も大きい子も合わせて常時10頭以上居ました。)、この時は8頭だけでした。)←皆、先にお空に帰ってしまいました。今頃、お空の上で大運動会をしてるかも、です。(^^ゞ
03-0403(風花、1歳7ヶ月半)


ここからはちょっと暗い話になるかもです。そう言うの苦手って方はスルーして下さいね。<(_ _)>

あんな形でお別れとなって今でも悔しく苦しい思いはありますが、でも風花と暮らした15年と9ヶ月ちょっと(風花は生後2カ月で我が家の娘になりましたので。)は、私にとってかけがえのない楽しく幸せな時間でした。

それだけに風花が逝ってしまってから毎日毎日「なんで風花は死んでしまったのか?何か重大な事を見逃してしまって風花の命を縮めてしまったのじゃないか?」等々、自分を責めて悔しく苦しい毎日でした。

今年は3月に母(90歳)も見送りましたが、母の時は申し訳ないけれど、それほど涙は出ませんでした。
母は10年以上認知症と闘い徐々に徐々に記憶は薄れ体も不自由になり最後の2年近くはほぼ自分の意思では何も出来ない状態で生活するには全介助が必要でした。(介護は父と私で頑張りました。)
なので母の死は頑張って頑張って、もうこれ以上は可哀そうって思うほど頑張って生ききったって感じでしたので亡くなった時は、ただただ「お疲れ様。今まで有難う。ゆっくり休んで先に行ったお姉さん(叔母たちです。)達と積る話をしてね。」って送り出せました。

けれど風花は16歳間近とは言え、元気にお散歩に行って(直前のお散歩でも綺麗なウ○チ&オシッコも自分でして)、ボール遊びや玩具でも遊び(亡くなる前日も休憩しつつですが何度も私と玩具で遊びました。)、亡くなる前の2日程はちょっと食欲もなかったけれど、それまでは、なんとなく不調とは言え7割~8割くらいはご飯も食べていました。

もうすぐ16歳なんだから「死」が近付いているのは判っていましたが、それでも、その瞬間まで風花が死んでしまうなんて思いもよらず、愚かな私はまだまだ元気に16歳、そして17歳を迎えてくれるものと思い込んでいました。

「いよいよ歩けなくなったらカートでお散歩しよう」「お布団も床ずれしないように新調しよう。」「いざとなったら仕事も辞めよう」等々、色んな事を思って風花と過ごしていました。
けれど、風花はそのどれも私にさせることなくあっという間にお空へと帰って行ってしまいました。

若い頃から元気でタフだった風花はメラノーマの手術の後も前足に包帯をぐるぐる巻きにしつつ元気にお散歩に行き院長先生他、病院のスタッフさん達を驚かせていました。
なので呑気な私は、風花はまだまだ頑張ってくれる。なんたって風花はタフだもん。
お散歩だってまだ2時間だって歩ける。まだ生ききっていない!
「だから大丈夫、大丈夫!」って勝手に思い込んでいました。

勿論、風花が痛い苦しい思いをする事は私の1番望まない事ですが、でも、もっともっと風花と一緒に暮らしたかった、風花の介護をしたかった…。
そんな思いが頭を離れず眠れない毎日が続いています。

でも、考えたら悪性で質の悪いメラノーマを発症して2年、風花は頑張って元気で居てくれたのです。
神様は突然風花を私から奪った訳ではなく2年もの時間を私と風花にプレゼントして下さったのです。
それに気付かずのほほんと毎日を送り、大切な風花との時間を無為に過ごしてしまいました。

「3年したら仕事、辞めるからね。そしたらずっと風ちゃんの側にいるよ。だから3年頑張ってね!」って風花に約束したのに…。
約束の3年を過ぎても私は仕事を続けてしまいました。
風花はちゃんと約束を守って3年間頑張ってくれたのに!です。
「風花の為にお金が必要だった」なんて言い訳です。私は約束を破ってしまいました。
そのことを今でも風花に謝り続ける毎日です。

でも、今、仕事があるお陰で私は随分救われています。
仕事がなければ1日中、家に籠り頭がおかしくなっていたかもしれません。
そう思うと風花は本当に親孝行な子だったのだと思えます。

風花が居たから毎日頑張れました。今は毎日腑抜けのような状態です。
でも風花は居なくなってしまいましたが風花がくれた幸せな幸せな時間の記憶は決して色あせることなく私の心から消えません。
風花との時間は永遠に私の大切な宝物です。

風花に謝り続けると同時に、風花に「一杯ごめんね。だけど風花と暮らせてお母さんは最高に幸せだったよ。楽しい時間を有難う!お母さんの娘になってくれて有難う!」って最近ようやく風花に言えるようになりました。

風花が亡くなった時には沢山の方にお花を頂き、メールや電話で慰めて頂き、ランチや買い物に私を誘って休日は家にこもりがちな私を連れ出してくれて沢山の方に支えて頂きました。
本当に有難く心から感謝の気持ちで一杯です。

友人やワンコ友達のママさんやパパさん、そしてブログで知り合った方達に愛して頂いて可愛がって頂いて、風花は本当に「幸せワンコ」だったんだって改めて思っています。
そう思う事で心が癒され、ほんの少しだけ前へ進めそうです。本当に有難うございました。

四十九日を終えて、風花にお花を下さった方達に心ばかりのお礼の品をお渡ししてきました。
ネットでお知り合いになれてお花を頂いた方達にもほんの気持ちばかりのお品を送らせて頂きました。
本日(水曜日)発送ですので早ければ明日(木曜日)か明後日(金曜日)に届くと思います。
もしも、もしも届かなかった場合、どうぞ遠慮なくお知らせ下さいね。宜しくお願いいたします。

追伸
色々迷った挙句、変な取り合わせになってしまいました。
風花と私からの気持ちですので、ご笑納いただければ嬉しいです。m(__)m
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2017.09.14 Thu l 風花との日々 l コメント (20) l top